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ホルムズ海峡封鎖が企業経営に与える衝撃 ― いま反社チェックを強化すべき理由

2026年4月17日

―エネルギー危機・サプライチェーン混乱・資金難が引き寄せる「新たなリスク」への処方箋―

日本信用情報サービス

ホルムズ海峡。ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ幅わずか約50キロメートルのこの水路は世界で取引される原油の約20〜25%、LNG(液化天然ガス)の約20%が通過するといわれる「エネルギーの咽喉部」である。中東情勢が緊迫するたびに「封鎖リスク」が語られるが多くの日本企業の経営者にとってそれは依然として「地政学の教科書に出てくる遠い話」として受け止められているのではないだろうか。


しかし現実は違う。もしホルムズ海峡が数週間にわたって封鎖されれば日本のエネルギー輸入は即座に危機的状況に陥り電力・燃料コストの急騰・物流の寸断・金融市場の激震が連鎖する。そしてその混乱の中でこそ企業の「コンプライアンスの隙間」が狙われる。反社会的勢力(以下「反社」)や制裁対象者・団体との接触リスクは平時よりも危機時のほうが劇的に高まるのだ。


本稿ではホルムズ海峡封鎖が企業経営にもたらす具体的な影響を整理し、何故この瞬間に反社チェック・コンプライアンス体制の強化が経営の最重要課題のひとつとなるのかを論じる。


ホルムズ海峡はイランとオマーンの間に位置しサウジアラビア・UAE・クウェート・イラク・カタールから産出される石油・ガスの輸送ルートとして機能している。日本はエネルギー消費の約9割を輸入に依存しており原油輸入の約95%が中東産であることを考えるとこの海峡の動向は日本経済の根幹に直結する。


封鎖が現実化するシナリオとして考えられるのは主にイランによる軍事的な封鎖行動である。イランは過去にも緊張が高まるたびに「海峡封鎖」をちらつかせてきた。2019年にはタンカーへの攻撃・拿捕が相次ぎ保険料が急騰した。またイエメンのフーシ派によるタンカー攻撃が常態化しつつある現在は海峡そのものが封鎖されずとも周辺海域の通航リスクが恒常的に上昇している状況にある。


完全封鎖に至らなくとも通航コストの上昇・保険料の高騰・タンカー不足によって原油・LNGの価格が跳ね上がる「準封鎖状態」は十分に起こりうる。IEA(国際エネルギー機関)の試算によればホルムズ海峡が数週間封鎖された場合は原油価格は短期間で2倍以上に跳ね上がる可能性があるとされている。1バレル200ドルを超えるような価格水準が現実のものとなれば日本経済全体への打撃は1970年代のオイルショックをはるかに上回る規模になりかねない。

ホルムズ海峡封鎖が企業経営に与えるダメージは大きく「エネルギーコストの急騰」「サプライチェーンの断絶」「資金繰りの悪化」という三つの経路をたどる。


まずエネルギーコストの急騰は製造業を直撃する。素材産業・化学・鉄鋼・ガラス・セメントといったエネルギー多消費型の業種はもちろん食品加工・物流・農業に至るまで燃料費・電力費の上昇は利益を一瞬で蒸発させる。中小企業においてはコスト増を価格に転嫁できないまま赤字転落するケースも続出するだろう。


次にサプライチェーンの断絶は製造業だけでなくサービス業にも波及する。石油化学製品を原料とするプラスチック・繊維・医薬品の供給が滞れば日本国内のあらゆる産業に影響が及ぶ。コロナ禍でサプライチェーンの脆弱性が改めて露わになったがホルムズ封鎖はその比ではない規模のサプライショックをもたらしうる。「代替調達先」を確保していると考えている企業でも世界規模でエネルギー価格が上昇すれば調達コストの上昇は避けられない。


そして三つ目の資金繰りの悪化が今回のテーマと深く結びつく。売上が落ち・コストが上がり・金融機関からの融資が絞られる局面では企業は「通常のルート以外」から資金を求めようとする誘惑に駆られる。あるいは逆に「通常のルート以外の資金」を持つ者が困窮した企業に近づいてくる。これがまさに反社リスクが急拡大する瞬間である。

反社会的勢力が企業に浸透するタイミングは多くの場合その企業が何らかの危機や急激な変化の中にあるときだ。これは歴史的なパターンとして繰り返されてきた。


バブル崩壊後の1990年代に資金繰りに行き詰まった多くの企業が「ノンバンク」「地下金融」を通じて反社勢力と繋がった。リーマンショック後の2008〜2009年には経営が傾いた中堅・中小企業に対して反社系企業が「支援」を装って役員を送り込むケースが相次いだ。コロナ禍においても給付金・補助金を狙った反社関連企業による申請が問題となり当局の捜査が入った事例が複数報告されている。


エネルギー危機はこれらと本質的に同じ構造を持つ。資金繰りが逼迫した企業に「融資」を持ちかける者・エネルギー調達の困難に乗じて「特別ルートがある」と近づく者・混乱に乗じて安価なM&Aを仕掛けてくる者。これらすべてが反社・制裁対象者・国際犯罪組織との接触リスクを高める入口となる。


さらに昨今の反社リスクは従来の「暴力団関係者」という概念をはるかに超えている。OFAC(米国財務省外国資産管理局)やFATF(金融活動作業部会)が指定する制裁対象者・団体との取引、いわゆる「外国の政治的影響力を持つ人物(PEP)」との不透明な関係。そしてマネー・ローンダリングへの関与リスクも含めて考えなければならない。エネルギー危機のような地政学的混乱はこれらの「グローバルな反社リスク」が国内企業に流れ込む格好の契機となる。

では、具体的にどのような点を強化すべきか。危機対応の観点から特に重要な三つの視点を整理する。
第一の視点は「取引先の財務状況の変化に対する感度を高める」ことだ。平時には問題のなかった取引先がエネルギーコストの高騰や売上急減によって財務的に脆弱となった際に反社資金が流入するリスクが生じる。株主構成や経営陣の変化や突然の増資や資本関係の組み替えが起きていないかを定期的に確認することが重要になる。特に重要な取引先については年一回の確認から「イベント・ドリブン型の確認」すなわち市場の大きな変動や当該企業のニュース発生時に即座に確認するアプローチへとシフトすることが求められる。

第二の視点は「新規取引の審査水準を緩めないこと、むしろ引き上げる」ことだ。危機時には「いつもと違う取引」が舞い込んでくる。急を要するとして書類が不完全なまま進もうとする取引・通常より破格の条件を提示してくる相手・中間業者が複数挟まって本当の取引主体が見えにくい案件などは、これらは平時でも危険信号だが危機時にはさらに注意が必要だ。「今は非常時だから」「時間がないから」という理由で審査を省略・簡略化することは反社浸透の入口を自ら開けることに等しい。経営トップが「危機だからこそ審査基準を下げない」という方針を明確に打ち出すことが現場の担当者を守ることにもなる。

第三の視点は「国際制裁リスクへの対応を組み込む」ことだ。ホルムズ海峡封鎖というシナリオの背景にはイランに対する国際制裁という文脈がある。エネルギー調達の代替を急ぐ中で制裁を受けているルートや企業・個人と知らずに接触してしまうリスクは決して小さくない。特に代替エネルギー調達・資源取引・輸送・物流の分野で新たな取引相手を探す場合にはOFACリスト・国連安保理制裁リスト・日本政府の外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく措置対象者リストを事前に照合するプロセスを必ず設けなければならない。制裁対象者との取引は意図の有無にかかわらず巨額の罰則と企業の信用失墜につながる。

多くの企業が「うちは反社チェックをやっている」と言う。しかしそのチェックの実態を詳しく聞くと「取引開始時に暴力団排除条項を契約書に入れている」「新規取引先を登録する際にデータベースを検索している」という程度にとどまっていることが少なくない。これは「やっていないよりはマシ」ではあるが現在の反社リスクの複雑さと比較すると著しく不十分だと言わざるを得ない。

第一にチェックの頻度の問題がある。取引開始時だけのチェックは「入口の門番」にすぎない。取引が継続する中で相手の属性が変化した場合や資本が変わった・経営陣が入れ替わった・反社とつながりのある企業に買収されたなどには継続的なモニタリングなしには気づけない。

第二にチェック対象の範囲の問題がある。直接の取引先だけをチェックしていてもその先にいる「二次・三次取引先」「実質的な支配者(UBO: Ultimate Beneficial Owner)」が反社と繋がっていればリスクは同様に発生する。マネー・ローンダリング規制や反腐敗法の世界的な強化に伴い「知らなかった」という言い訳が通じにくくなっている。

第三にデータベースの品質と更新頻度の問題がある。市販の反社データベースはあくまで「過去に報道・摘発された情報」に基づいており新興の反社系企業や表向きは合法的な事業を行っている「グレー企業」を拾えないケースが多い。特に地政学的リスクが高まる局面では国際的な制裁リスト情報の更新が非常に速く旧来のデータベースとの組み合わせだけでは対応しきれない場面が増える。
第四に判断する人材の問題がある。データベースに「ヒット」が出たときその情報が本当にリスクを意味するのかを正しく判断できる人材が社内にいるか。グレーな情報に対して「問題ない」と結論付けてしまう「形式的チェック」が横行していれば制度は存在しても機能していないのと同じだ。

では、具体的にどのように体制を強化すべきか。以下に実践的なアプローチを示す。
まず経営レベルでの覚悟と方針の明確化が出発点となる。コンプライアンス担当部署だけに丸投げする形では危機時の現場判断に一貫性が生まれない。経営トップが「いかなる状況でも反社・制裁対象者との取引はしない」「そのためにコストや手間がかかることを厭わない」という姿勢を明確に示すことが組織全体のコンプライアンス文化の土台となる。

次にリスクに応じた審査の階層化が有効だ。すべての取引相手に同じレベルのチェックをかけることは現実的ではない。取引規模・業種・取引先の所在地域(制裁ハイリスク国・地域か否か)・資本関係の複雑さなどに応じて審査の深度を変える「リスクベース・アプローチ」を採用することで限られたリソースを効率的に活用できる。

特に注意が必要なのがエネルギー危機を背景とした資源・エネルギー関連の新規取引および中東・中央アジア地域を経由する取引だ。これらについては通常よりも一段階高い審査水準を設定することを検討すべきである。またM&Aや資本提携・合弁事業の検討においてはデュー・ディリジェンス(DD)の一環として反社チェック・制裁スクリーニングを必ず組み込む必要がある。危機時ほど「急いで決めなければならない案件」が増えるがそのプレッシャーに負けてDDを省略することは経営上の重大なリスクとなる。

さらに外部専門家・専門サービスの活用も積極的に検討すべきだ。国際的な制裁スクリーニングの分野ではAcuris Risk Intelligence、Refinitiv World-Check、Dow Jones Risk & Compliance、LexisNexisといったグローバルなデータベースサービスが広く利用されている。これらは日本国内の反社データベースと組み合わせることでより包括的なスクリーニングが可能になる。弁護士事務所や調査会社による「エンハンスト・デュー・ディリジェンス(強化調査)」も高リスク案件には効果的な手段だ。

コンプライアンス体制の強化は単に「リスクを避けるため」だけではない。いまや企業のコンプライアンス水準は金融機関からの融資可否・機関投資家からの評価・そして大企業・外資系企業との取引資格に直結するようになっている。

銀行・信用金庫は、融資審査においてコンプライアンス体制の有無・水準を確認する傾向を強めている。特にマネー・ローンダリング対策(AML/CFT)の観点から取引先の反社チェック体制が不十分と判断された場合に融資の審査結果に影響することがある。エネルギー危機で資金需要が急増する局面ではこの点がまさにクリティカルな要素となりうる。

ESG投資の観点からもコンプライアンスはガバナンス(G)の核心的な評価項目である。機関投資家や年金基金は投資先企業の反腐敗・制裁対応体制を投資判断の重要な要素として組み込むようになってきた。サステナビリティ開示の義務化が進む中でコンプライアンス体制の不備は企業価値の毀損に直結しうる。

またグローバルサプライチェーンの再編が進む中で大手製造業・商社・外資系企業は取引先に対して独自のサプライヤー審査を厳格化している。この審査において反社・制裁対応体制が問われるケースが増えており「対応できていない企業はサプライチェーンから外す」という判断が現実に起きている。危機への対応力がそのまま企業の取引資格・信用力につながる時代になっているのだ。

「反社チェックの高度化は大企業の話」と感じている中小企業の経営者も多いだろう。しかしエネルギー危機・地政学リスクの時代においては中小企業こそが最もリスクにさらされやすい立場にある。

大企業は潤沢なコンプライアンス部門と専用ツールを持ち法務・リスク管理の専門人材を抱えている。一方中小企業は資金的・人材的なリソースが限られており危機時に「とにかく資金・受注を確保しなければ」という切迫感の中で判断が甘くなりやすい。反社や悪質な業者はそれをよく知っており中小企業を標的にすることが多い。

しかしコンプライアンス体制を整えることは必ずしも莫大なコストを要するわけではない。重要なのは「仕組みとプロセスを持つこと」であり、そのレベルは企業規模に応じて段階的に整備すればよい。まず重要な取引先・新規取引先についての基本的なスクリーニングを行い契約書に反社排除条項を確実に盛り込む・不審な接触があった場合の社内報告ルートを作る・それだけでも「何もしていない状態」と比べて天と地ほどの差がある。

業界団体や商工会議所が提供する反社チェック研修・ツールを活用することも有効だ。また顧問弁護士に相談しながら「自社に合った反社対応方針」を文書化しておくことは万が一トラブルが生じた際の法的・対外的な防御にもなる。

ここ数年企業のリスクマネジメントは大きく変容している。従来のBCP(事業継続計画)は自然災害やシステム障害への対応が中心だった。しかしパンデミック・地政学的リスク・サイバー攻撃・気候変動といった「複合的・連鎖的リスク」が常態化する中でBCPと法務・コンプライアンスを統合した「統合型リスクマネジメント」の必要性が高まっている。

ホルムズ海峡封鎖はまさにこの「複合的リスク」の典型例だ。エネルギー供給の途絶・資金繰りの悪化・サプライチェーンの崩壊という事業継続リスクとそこに乗じた反社浸透・制裁違反というコンプライアンスリスクが同時に発生しうる。これらを別々のチームが別々に対応するのではなくリスクが連鎖することを前提とした統合的な対応体制が求められる。

具体的にはエネルギー価格急騰・サプライチェーン断絶を想定した「有事シナリオ」において代替調達先の開拓プロセスや緊急融資の検討プロセスの中に必ず反社チェック・制裁スクリーニングのステップを組み込んでおくことが重要だ。「有事だから審査を飛ばす」ではなく「有事だからこそ素早くかつ確実にチェックする」ためのプロセスを平時から設計しておく必要がある。

また社員教育も欠かせない。危機時に現場の担当者が受けるプレッシャーは非常に大きい。「早く契約を結ばないと仕入れが止まる」「この融資を断ったら会社が倒産する」という状況で一人の担当者に適切な判断を求めるのは酷だ。だからこそトップダウンの方針と判断に迷った際のエスカレーションルートを整備しておくことが組織として必要な備えになる。

ホルムズ海峡封鎖は、明日起こるかもしれないし10年後まで起こらないかもしれない。しかしその「いつ起こってもおかしくない」という現実から目を背けることは経営者としての責任の放棄に他ならない。

エネルギー危機はコストと物流の問題だ。しかし同時にコンプライアンスの問題でもある。企業が追い詰められたときこそ反社・制裁対象者・悪質業者の「チャンス」が生まれる。そしてその誘いに乗ってしまった企業は経済的な苦境から脱しようとしてより深い奈落~信用失墜・行政処分・刑事責任~へと転落してしまう。

反社チェック・コンプライアンス体制の強化は守りのための投資であると同時に攻めのための資産でもある。危機の局面で「きちんとした相手としか取引しない」という姿勢を貫ける企業は金融機関・大企業・投資家から「信頼できるパートナー」として選ばれる。

地政学リスクが高まるいまこそ反社対策・コンプライアンス体制の点検と強化を経営アジェンダの最前線に位置づけるべき時だ。ホルムズ海峡の動向を注視しながら、自社の「内なる守り」をいま一度見直してほしい。それが不確実性の時代を生き抜く企業の最も確実な競争優位となるはずだ。

記事出典元:JRMC(日本リスク管理センター)コラム
ホルムズ海峡封鎖が企業経営に与える衝撃 ― いま反社チェックを強化すべき理由
※本記事の出典元であるJRMC(日本リスク管理センター)は、日本信用情報サービス株式会社(JCIS WEB DB® Ver.3)の販売代理店としてサービス提供を行っています。