コラム

Column

日本信用情報サービス 顧問弁護士による解説『不起訴について 前科と前歴はどうちがうのか?』

2025年11月26日

日本信用情報サービス株式会社
情報分析部
関口美由紀

不起訴という言葉が、実際の意味とは異なる受け取られ方をする場面が少なくありません。事件が裁判に進まなかったという一点だけで、「疑いが完全に晴れた」と誤解されることがあります。
しかし、不起訴と無罪は異なる概念であり、捜査が行われたという事実そのものは記録として残ります。
日本信用情報サービスが扱うデータを恣意的に書き換えない姿勢は、この制度上の違いを踏まえたものです。以下に、刑事手続に詳しい日本信用情報サービス顧問弁護士による制度の整理を掲載します。
判断の前提となる仕組みを確認するための一次資料としてご覧ください。


不起訴とは

不起訴とは、検察官が、警察から送られてきた事件について捜査した結果、「起訴しない」と決定する処分のことです。
日本の刑事手続きでは、ある人物を刑事裁判にかけるかどうかを判断する権限は、検察官だけが持っています。
これを「起訴独占主義」といいます。警察がどれだけ捜査をしても、最終的に裁判にかける(起訴する)かどうかは検察官が判断するのです。
検察官が不起訴の判断を下した場合、その事件は刑事裁判に進むことなく終了します。
つまり、裁判官によって有罪か無罪かが判断される法廷に立つ必要がなくなり、刑罰を科されることもありません。 もし逮捕・勾留されて身柄を拘束されていた場合でも、不起訴処分が決定した時点ですぐに釈放され、社会生活に戻ることができます。

不起訴処分と無罪の違い

「不起訴」と「無罪」は、どちらも結果として刑罰を受けないという点では共通していますが、その意味合いや手続きは全く異なります。
この違いを正しく理解することは、状況を正確に把握するために不可欠です。

刑事裁判が行われるかどうか

不起訴と無罪の最も大きな違いは、刑事裁判が開かれるかどうかです。
不起訴処分は、捜査段階で検察官が「裁判にかける必要はない」と判断するものです。
そのため、不起訴になれば、その事件に関する刑事手続きはそこで終了し、法廷に立つことはありません。

一方、無罪判決は、検察官が起訴した事件について、刑事裁判での審理を経た結果、裁判官が「有罪とするだけの証拠がない」と判断して下す判決です。 つまり、無罪判決を得るためには、起訴された上で、時間的にも精神的にも大きな負担となる刑事裁判を最後まで戦い抜かなければなりません。

犯罪を犯したと認めらるかどうか

次に重要な違いは、犯罪行為の認定に関するニュアンスです。
無罪判決は、「被告人は罪を犯していない」ということを裁判所が公的に認めるものです。
これは、検察官が提示した証拠では、合理的な疑いを差し挟む余地なく有罪であると証明できなかったことを意味します。

これに対し、不起訴処分は、必ずしも「罪を犯していない」と断定するものではありません。
後述するように、不起訴処分にはいくつかの種類があり、中には「犯罪の証拠は十分にあるが、今回は起訴を見送る」という判断(起訴猶予)も含まれます。

この違いは、「前科」と「前歴」という記録にも関係します。

  • 前科:刑事裁判で有罪判決(執行猶予付き判決や罰金刑も含む)を受けた場合に残る記録です。
  • 前歴:犯罪の疑いをかけられ、警察や検察の捜査対象になったという事実が残る記録です。

不起訴処分の場合、有罪判決ではないため前科はつきません
しかし、捜査の対象になったという事実は残るため、前歴はつきます

不起訴処分の種類

不起訴処分と一言でいっても、その理由は一つではありません。検察官が不起訴とする理由は、大きく分けていくつかの種類があります。

犯罪をした事実が認定できない場合

捜査の結果、被疑者が罪を犯したと立証することが困難である、または明白に犯人ではないと判断された場合です。
これには主に2つのケースがあります。

嫌疑なし

捜査の結果、被疑者が犯人でないことが明らかになった場合や、そもそも犯罪事実が存在しなかったことが判明した場合の処分です。 例えば、確実なアリバイが証明されたり、真犯人が見つかったりした場合がこれにあたります。これは、疑いが完全に晴れたことを意味します。

嫌疑不十分

被疑者に犯罪の疑いはあるものの、刑事裁判で有罪を立証するための証拠が十分ではないと検察官が判断した場合の処分です。
証拠が不十分なまま起訴しても、無罪判決となる可能性が高いため、検察官は起訴を断念します。
容疑を否認している事件で不起訴となる場合、多くはこの嫌疑不十分が理由となります。

嫌疑があり起訴猶予にする場合

不起訴処分の中で、実務上最も多く、また弁護活動において最も重要となるのが「起訴猶予」です。
起訴猶予とは、犯罪を犯した疑いが十分にあり、証拠も揃っているものの、検察官が諸般の事情を考慮して、あえて起訴しないという処分です。
この判断の根拠となるのが、刑事訴訟法の第248条です。

刑事訴訟法第二百四十八条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

この条文が示すように、検察官は単に証拠の有無だけでなく、

  • 犯人の性格、年齢、境遇(家庭環境や仕事など)
  • 犯罪の軽重や態様
  • 犯罪後の状況(深く反省しているか、被害者と示談が成立しているかなど)

といった様々な事情を総合的に考慮し、起訴するかどうかを裁量で決めることができます。

これを「起訴便宜主義」といいます。

法務省が公表している犯罪白書によれば、不起訴処分となった人のうち、その多くがこの起訴猶予を理由としています。これは、たとえ罪を犯してしまった場合でも、その後の適切な対応によって、起訴を回避できる可能性が十分にあることを示しています。

訴訟条件が満たされていない場合

刑事裁判を行うための法律上の条件が整っていない場合にも、不起訴となります。
例えば、以下のようなケースです。

・名誉毀損罪や器物損壊罪など、被害者の告訴がなければ起訴できない「親告罪」で、告訴がなかったり、取り下げられたりした場合
・被疑者が死亡した場合
・公訴時効が成立している場合

年齢や責任能力で罪とならない場合被疑者の行為が、法律上、犯罪として成立しない場合も不起訴となります。

心神喪失:精神の障害により、善悪の判断がつかない、または自分の行動を制御できない状態で行為に及んだ場合、責任能力がないとされ、処罰されません。
刑事未成年:行為時に14歳未満であった場合、刑事責任を問われません。


事実の記録は、都合や希望で変えられるものではありません。不起訴の意味を正しく理解しないまま情報の扱いを求める行為は、日本信用情報サービスが保持するデータの信頼性を揺るがします。反社チェック・コンプライアンスチェックは、事実を整然と残すことで、企業の判断を支える仕組みです。どのような事情があっても、事実そのものを歪める対応は行いません。